実務でファイナンスを活用できるように!WACCを用いて、資金調達の最適化を図る
【ファイナンス|第5回】
投資リスクが大きいほど、株主の期待リターンは大きくなる
株主の立場で企業に資金提供した場合(出資した場合)、その資金が企業から返還される約束はありません。言い方を変えれば、企業は株主からの資金提供に対して、それを返還する義務はない、ということです。
上場企業の場合には、株式市場で保有株式を売却すること(現金化すること)は可能です。但し、それはあくまで第三者への売却であり、当該企業が負担している訳ではありません。
また、以前に出資した金額(株式の購入金額)以上で売却できるかどうかは、その時にならなければ分かりません。場合によっては損失を被る可能性もあるため、投資家はリスクが大きいほど、期待リターンを大きく求めるようになります。
■ リスクとは
- 資金繰りの悪化
- 低成長の継続
- 株価の下落
- 業績の不振 など
企業は、重要なステークホルダーである株主からの期待リターンに対して、十分に応えていかなければなりません。
言い換えれば、経営者は株主から経営を一任された存在であるため、株主からの期待に応えなければならない責任があります。
株主の期待リターンは、Capital Asset Pricing Model で算出する
株主一人ひとりが企業に対してどれだけのリターンを求めているかは、個別に確認しなければ分かりません。しかし、大企業であるほど株主数は多く、個別の確認は現実的な作業ではありません。
実際には、ファイナンス理論を用いて株主からの期待リターンを導き出しています。Capital Asset Pricing Model(CAPM)と呼ばれ、ほぼすべての企業はこの考え方に基づいて株主からの期待リターンを計算しています。
株主からの期待リターンは、企業側から見ると負担すべきコスト(株主資本コスト)として位置付けられます。
■ Capital Asset Pricing Model 計算式
株主の期待リターン=リスクフリーレート+(β値×マーケットリスクプレミアム)
リスクフリーレート
- 無リスクの利子率を表したもの
- 債務不履行の可能性が極めて少ない、新発10年物国債利回りを用いるのが一般的
β値
- 個別株式の相対的なリスクを表したもの
- 株式市場全体の株価の動きと当該株価の動きの関係性、感応度を数値化
- 株式市場が1%変化した際、任意の株式 リターンが何%変化するかを表す計数
- β>1の場合は市場全体の値動きよりも変動幅が大きく、想定的にリスクが高い
- β<1の場合は市場全体の値動きよりも変動幅が低く、想定的にリスクが低い
マーケットリスクプレミアム
- 株式市場の収益率(期待リターン)と同期間のリスクフリーレートとの差を表す
- リスクフリーレートに比べて、どれだけ高い利回りを期待するかを数値化
- 日本の証券市場では4%~8%が一般的
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会社全体の資金調達コストを導き出す!負債コスト、株主資本コストを加重平均して算出する
株主からの調達コストはCAPMを用いて、株主資本コストとして認識します。一方、金融機関からの調達(融資による調達)は、調達時の金利を負債コストとして認識します。
株主資本コストと負債コストを加重平均して算出したコストのことを「加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital:WACC)と言い、企業全体の資金調達コストを表します。
■ Weighted Average Cost of Capital 計算式
{(有利子負債/有利子負債+純資産)×負債コスト×(1-実行税率)}+{(純資産/有利子負債+純資産)×株主資本コスト
- 加重平均後の負債に関するコスト:{(有利子負債/有利子負債+純資産)×負債コスト×(1-実行税率)}
- 加重平均後の株主資本に関するコスト:{(純資産/有利子負債+純資産)×株主資本コスト
尚、加重平均とは各変量の重みを考慮した平均のことで、負債や純資産の量によって、導き出される回答は異なります。
コーポレートファイナンスにおいては、WACCを割引率として採用し、現在価値修正を行うのが一般的です。当該企業に資本を投下しているステークホルダーの期待値を織り込み、資金調達と資金運用を関連付けることができるからです。
最適な資本構成は、各社で異なります。資本政策を継続的に取り組み、調達コストの低減を目指しましょう。
尚、負債を上手に活用することで税金の支払いを軽減することができるため、WACCの計算式に(1-実効税率)が取り入れられています。このことを、節税効果を言います。
ファイナンスを活用できる場面は多数!未来を数字で表して、良し悪しを評価できるように
物事を倫理的に、定量的に思考し評価することができれば、下した決断には説得力が伴います。
ファイナンスの知識やノウハウは、企業経営や現場実務の多くの場面で活用することができるため、責任ある立場の方は知っておくべきビジネスナレッジとされています。
■ ファイナンスを活用できる場面
- 経営戦略策定
- 新規事業開発
- 製造ライン拡張
- プロジェクト投資
- M&A など
上記のほかにも、天然資源の採掘やベンチャーへの出資の際にも、ファイナンスを用いて投資の可否を判断することができます。将来のキャッシュフローを踏まえた判断は、合理的かつ客観性を備えていると言えるでしょう。
尚、ファイナンスにはリスクや不確実性を評価に反映する、リアルオプションという考え方があります。
リアルオプションによって、段階的かつ複数のシナリオを数値化して、リスクやリターン、キャッシュフローを評価することができます。
- 環境の変化に応じて、その時々に柔軟な意思決定をしたい
- 事業やプロジェクトに選択肢を持たせたい
- リスク、不確実性を味方につけたい
シナリオの発生確率は主観的判断になりますが、GOODケース、BADケース、及第点ケースの3種類を用意することで、不確実性を考慮した柔軟な意思決定が可能になります。
■ 投資、継続、縮小、中止、撤退の判断にファイナンスを用いる
現在|成功する可能性が高い事業、プロジェクトを選択する
- 投資実行
近い将来|目標の達成度合いに応じて、継続か否かを判断する
- 継続
- 撤退
遠い将来|成功か失敗かを評価して、次の一手を判断する
- 追加投資
- 継続
- 縮小
- 中止
- 撤退
不確実だから投資を避ける、ではなく、不確実だからこそリスクをヘッジして高いリターンを狙えるように。
リスクや不確実性を見抜く力をファイナンスで補い、決定は慎重に、撤退は潔く行いましょう。
【アーカイブ|ファイナンス】
- 1 企業経営、組織運営にファイナンスを取り入れる
- 2 資産運用にファイナンスを活用!数字の根拠と正確性を明確に
- 3 キャッシュフローの根拠を明確に、割引率に納得性を備えられるように
- 4 資金調達コストは、負債コストと株主資本コストで構成される